私の名は、アリオン。
今は「降霊述師・アリオン」と呼ばれている。私は気の遠くなるほど長い時間を、
世界の影と人の闇の中で過ごしてきた。ある時代では「魔術師」と呼ばれ、また
ある時代では「錬金術士」とも呼ばれていた。
そして今、またひとつの大きな闇が生まれようとしている・・・
私がウィーンに移ったのは、ちょび髭の男が、その頭角を現し始めた頃だった。
私の存在が人の口に上るようになったある日、一人の男が私の元を訪れた。
男の名は、ハヌッセン。彼はヒットラーのお抱え占い師だった。
その力の大半はまやかしに過ぎなかったが、彼の夢占いの力は真実だった。
彼は私の噂を聞きつけ、自分の力をより確実な物にしようと現れたのだ。そして・・・
私が本物であることを、彼は瞬時に見抜いた。
私は、あくまでも彼が表舞台に立つことを条件に、彼への協力を約束した。
彼は私の協力で、その予言をより確実なものにしていった。そして自惚れた彼は、
ひとつの間違いを犯した。ヒットラーの第三帝国の破滅を予言してしまったのだ。
ハヌッセンは身の危険を感じて、フランスへの亡命を希望し、私もそれに同行する
ことになった。パリの歌姫・フランソワーズの尽力で、レジスタンスと連絡を取った
ハヌッセンと私は、パリのレジスタンスの秘密基地へ身柄を隠した。
秘密基地に移ってから数日後、私たちの亡命を手引きしてくれる人物に
会うことになった。一人はレジスタンスの美しき女スパイ、アデル・ヴァレリ。
そしてもう一人は,、ナチス・ドイツの裏切り者、フォン・レーベンブルグ少佐・・・
「少佐、ベルリンの魔術師・ハヌッセンはご存じ？」
「名前だけは・・・ヒトラーの占い師、予言者」
「ドイツの敗北を予言して、総統に嫌われてね」
「亡命を希望しているの。便宜を図って下さる？」
「ベルリンは日増しに住み難くなって、しかしパリも、
どうやら揺れ動いているようだ・・・」
「こちらは・・・？」
「私の仲間です。アリオン」
「降霊術を生業としています」
「降霊術？」
「死者の霊を呼ぶ魔術です。例えあなたが亡くなったとしても・・・
愛しい人が望むなら、 黄泉の国からその姿を呼び戻すことができる。
そう・・・あなたが望むなら」
私は、その力でアデルの命の炎と、レーベンブルグ少佐の未来を見通していた。
彼はいずれ、自らの闇に囚われることになる・・・
「あなたが望むなら、黄泉の国から呼び戻しましょう。彼女を・・・」
亡命の手はずが整い、私とハヌッセンは決行の日を待った。
しかし、その日はアデルとレーベンブルグ少佐の運命を狂わせる一日となるだろう。
パリのドイツ軍占領司令部は連合国軍の侵攻を受け、脱出計画で混乱していた。
最後の抵抗に、ドイツ軍がレジスタンス狩りを始めるとの情報を持って、レーベン
ブルグ少佐が秘密基地を訪れる。私は闇に身を隠し、ハヌッセンをはじめとする
レジスタンス達は先に逃亡した。
アデルと数人のレジスタンスだけを残して、レーベンブルグ少佐は一旦、
占領司令部へ戻った。
惨劇は、その直後に幕を開けた・・・
ドイツ軍の襲撃を受け、屋敷は血の海と化した。
私は闇から抜け出し、命の尽きかけたアデルに近づく。
「私は・・・死ぬの？」
「彼方の岸へたどり着いても まだ眠れない魂となるだろう」
戻ってきたレーベンブルグ少佐が、血の海の中をアデルを探し、彷徨う・・・
「まだ息がある。彼女は君が帰ってくるのを待っている。
・・・やがて、君が帰ってくる。君は彼女の姿を見つける」
「アデル・・・」
「彼女を、楽にしてあげるがいい。それができるのは、君だけだ」
「ダメだ・・・できない！」
「彼女はもう助からない。彼女は君に、優しくささやく」
「あなたの手で・・・撃って・・・」
「彼女はそれを待っている。さぁ、最後の銃声だ！」
一発の銃声が、響きわたる・・・彼はフラリと立ち上がると、屋敷の外へ出た。
「アデル・・・君と共に、すべてが終わった・・・」
そして、その場で気を失い倒れ込んだ。
「新しい名前と、新しい世界を君の手に・・・イブ」
私はジェラルミンケースを一つ彼の元へ残して、その場を立ち去り、
ハヌッセン達の元へ戻った。
翌日の夜になって、少佐は現れた。
たった一人で現れたことで、仲間達はアデルの最後を知り、
そして、それ以上の追求を避けた。
夜が明ける頃・・・
「もう・・・少佐じゃない。イブ・・・イブ・ブランシェになったと伝えてくれ・・・」
そう言い残し、彼はパリの闇へ消えていった。
ジェラルミンケースを、その手に携えて・・・
戦争が終わり、レジスタンス達とも別れた私とハヌッセンは、
別々の道を歩き始めた。ハヌッセンは世捨て人となり、
私はパリの影に移り住んだ。
しかし、闇と影は通じる。イブは再び、私の前に現れた。
「あなたが望むなら、いくらでも彼女の姿を見せてあげよう・・・」
マフィアとつながりを持ち、ジェラルミンケースの中にある起爆スイッチで
各国のスパイを手玉に取りながら、東と西に引き裂かれた世界の真ん中で
彼は立ち止まっている・・・
「幻を追いかけて 光から背を向ける くり返す過ちさえ
壊れかけたこの世界の傷跡慰めてくれると 信じて・・・」
「断ちきれない思いが 夜毎に責めさいなむなら 黄泉の国の扉を
ほんのわずか開いて 帰らぬ姿を もう一度見せてやろう あぁ
おまえの望むまま・・・」
イブは静かに私の前に跪き、マントに口づける。
「世界は悪夢に包まれている。その夢の果てに、眠る人がいる。
そのかすかな寝息が、 たまゆら世界を震わせる。そのかすかな
震えに、囚われる者がいる・・・」
イブは、遙かに続く螺旋階段の途中で立ち止まり、眠り込む・・・
しかし朝の光は、その歩みは遅くとも、確実に彼の元を訪れようとしている。
一人の女が、彼に近づきつつあった・・・
私の見せる夢と、彼の生み出した影と、世界の悪夢の中で、
ただ生きながらえている彼に、その朝の光は、鋭く、眩しい。
ルシル・ヴァレリ。・・・アデルの妹。
アデルの面影そのままに、彼女はイブの前にその姿を現した。
「アリオン！いるのか？そこにいるんだろう、アリオン！これは・・・
これは夢の続きなのか・・・」
そして私は、答える。
「すべて世界は、悪夢の中に横たわっている・・・」
彼を包んでいた闇が、動き始める。朝の光は、確実に闇を動かしている。
そして一方で、死神の鎌が振り上げられていた。
私はイブを、そしてすべてを、見つめ続ける・・・
朝の光がイブを照らし出し、死神はその鎌を振り下ろした。
その瞬間、私は世界を止めた。
「このまま君が、アデルの元に行くことを選ぶのなら、もう二度と彼女と
引き離されることはない。いつ、どのような時も、選ぶのは君自身だ・・・」
アデルの影と、朝の光が交錯する・・・そして彼は、選んだ。
「アデルの姿も、最後の爆弾も、すべては君がまどろむ夢の中に
浮かんでは消える、 それだけに過ぎない。朝が来れば・・・それで終わる！」
朝の光が、闇に眠るアデルをも照らし出す。
「新しい朝と、新しい世界をあなたに。イブ・・・」
イブは闇の渦から抜け出し、光へ顔を向けた。
彼には新しい朝と、新しい世界が待っている。
あの朝美しいと思った、あの空のような世界が・・・
そして私は、再び世界の影と人の闇に身を潜める。
私の力を求める者が現れるまで、永遠の時を旅する。
私の名は、アリオン・・・
ほんの２時間ほどで書き上げてしまった、ほとんど勢いだけの
作品です(^^;
１８日に東京・1000days劇場に、初めて足を運びました。最初で
最後の「螺旋のオルフェ／ノバ・ボサ・ノバ」東京公演観劇でした。
幕が開いて、螺旋階段の上に立つアリオンを見たとき、
本当に
時間が止まったかのように感じました。
それくらい、リカさんのアリオンは、神秘的で美しかった・・・
大劇場公演の時には感じなかった「何か」に、
私は心を奪われた
まま帰阪しました。
思い出すにつけ、アリオンの神秘性が私の中で膨らみ、
そして
とうとう「永遠を旅する魔術師」に生まれ変わりました。
そして、一気に書き上げてしまったのです。東京公演を見た、
記念と感動を残したくて書いたような作品です。
お気づきかと思いますが、この作品の大半は舞台の台詞
そのままです。（東京公演の台詞を主に使用しています）
私が言葉に書き換えたシーンは、
ファンの方ならきっと
おわかりになるでしょう。
少し違った角度から見た「螺旋のオルフェ」を
お楽しみいただけたなら、幸いです。