ブライアン・キースの野望
「・・・以上が、本日のスケジュールです。
あと、昨日の会議の詳細データがこちらに届いております」
ジュードがフロッピーディスクを机の上に置く。
「ん・・・その件はお前の方で判断して進めろ。
最後の調印の時に俺がいればそれでいいだろう」
「はい。ではそのように」
机の前に立ったジュードは、次々と報告を続ける。
「先日、クレセント島で遺跡が発見されたのをご存じですか？」
「遺跡？」
「はい。なんでも今世紀最後にして最大の発見とかで、
かなり大きな遺跡が発見されたようです」
「それが、我が社となんの関係があるんだ？」
ブライアンは、興味なさそうにクルリと椅子を回して、ジュードに背を向ける。
「遺跡の発掘者のグッドフェロー教授が、スポンサーを捜しています」
「資金援助・・・か」
「はい。時代の先端を行くインターネット業界が、古代遺跡発掘を援助する。
なかなか、話題性はあるかと・・・」
「ふん・・・」
「それと、この発見されたクレセント島ですが」
「なんだ？」
「地図をご覧いただけますか？」
ジュードが持っていた地図を広げる。ジュードの方へ向き直るブライアン。
「ここです。かなり辺鄙な島で人口も少なく、小さな村が一つある程度です。
・・・例の研究所を置くには、格好の場所かと思われます」
「なるほど」
ブライアンの目が、キラリと光る。
「ドクトルのご機嫌はどうなんだ？」
「それにつきましては、昼にでも研究室の方までお越し頂きたいと、
昨夜、連絡がありました」
「２時間後と言うところか・・・わかった」
ブライアンは、机に両肘を着いて顎を載せ、地図を見る。
「この島の所有者は？」
「コートニー卿。・・・我が社のオンライン株式で、随分がんばっておられる
ようです。ちなみに、その姪のアイリーンとか言う娘が、この発掘調査団の
中におります。実質、現場で調査を指揮しているのは、この娘のようです」
「ほう・・・では、コートニー卿が島を土地を手放すとなると、その娘さんをはじめ
調査団も全て引き上げなければならないだろうね」
ブライアンが上目遣いに、目の前に立っているジュードを見る。
資料から目を離し、ブライアンを見るジュード。
ブライアンの言わんとしていることを、敏感に察知する。
「心得ました」
Pi・Pi・Pi・Pi・・・
机の上のインターホンが鳴る。ボタンを押すブライアン。
「なんだ」
「ポーラ・ムーア様がお見えです」
「通せ」
机の上の資料を片づけ、脇へ控えるジュード。
ドアをノックする音がして、エマが客人を招き入れる。
「おはよう、ブライアン。ご機嫌いかが？」
「やぁ、ポーラ。例の件は順調かね？」
「ＣＤライブラリーの件については、おおむね終了よ。問題ないわ」
「それは結構。で、用件は？」
椅子から立ち上がり、ポーラにソファーをすすめるブライアン。
自分もポーラの向かいへ座る。ジュードは、部屋の隅で控えている。
「今回のプロジェクトの宣伝方法についてだけど」
「何か良い案でも？」
「どうせなら、他のプロバイダーと契約している人間も、
ウラノスへ加入したくなるような、魅力的な商品があればいいと思わない？」
事務的な話の中に時折、艶を交えながらポーラが話す。
「その商品に心当たりが？」
「えぇ・・・アレックスはご存じ？」
「・・・確か、数年前まで、爆発的ヒットを飛ばしていた
ロックシンガー、じゃなかったかな？」
「そう。ロック界の巨星、天才シンガーソングライター、アレックス。
そのアレックスがこの３年、アルバムの制作と称して活動を休止しているの。
もし、彼の新曲がウラノスネットで聴けるとなれば・・・」
「・・・ファンはこぞってウラノスに加入する、か」
ポーラの提案に、小さくうなずくブライアン。
「しかし、肝心のそのアレックスくんが、話を承知しなければ
どうにもならないんじゃないのか？だいたい、彼はウラノス系事務所の所属なのか？」
「いいえ、ヴィーナスレーベル所属よ。でも大丈夫。彼なら、私がなんとかするわ」
「自信がおありのようだ・・・いいだろう。好きにしたまえ」
背もたれにずっしりと身を沈め、両腕を組むブライアン。
「お手並み拝見、といこう」
「任せてちょうだい。決して損はさせないわ。・・・ところでブライアン、
少し早いけれど、このあとランチを一緒にいかが？」
うって変わった色っぽい声で、ポーラが誘う。
「申し訳ないが、美女とゆっくり食事をするほど我が社には余裕が無くてね。
またの機会にさせていただくよ。・・・ジュード、ポーラを下まで
お送りして差し上げろ」
「はい」
ジュードは部屋を横切り、ドアを開けポーラをうながす。
当てが外れて、憮然とした表情のポーラ。
「今度会うときは、いい報告を持ってきてもらいたいね」
「・・・わかったわ。お忙しいところを失礼、ブライアン」
ポーラはいらだちを隠せないまま、部屋を出ていった。
ソファから立ち上がり、机に戻ると引き出しの鍵を開け、
一枚のカードを取り出すブライアン。
再び引き出しに鍵をかけると、部屋を出る。
次の間では、サラとエマがパソコンに向かって仕事をしている。
「ドクトルの所へ行く。ジュードが戻ったら、来るように言ってくれ」
「はい、ボス」
そのまま部屋を出ると、特別エレベーターの方へ向かう。
エレベーターに乗り込むと、コントロールパネル下の差込口に
先ほどのカードを差し込んで、暗証番号を打ちこむ。
エレベーターは、最下層へ向かって動き出した。
チン・・・
エレベーターのドアが開く。
正面には真っ白な壁と、１枚のドアがある。
ドアの横にある指紋判別装置に手をかざすと、ドアのロックが外れる音がする。
ブライアンは、ドアを開けた。
「やぁ、ブライアン。Guten Tag.」
「Guten Tag, ドクトル。研究は順調ですか？」
「もちろんだよ。ただ・・・そろそろ、この部屋では手狭でね」
「その件に関しては、近いうちに解消できるよう手配します」
「それはありがたい！」
データ入力をしていた手を休めて、ドクトルはブライアンと向き合う。
ブライアンも、近くの椅子を手にして、ドクトルの近くへ腰を下ろす。
「さすがに『大きなモルモット』を扱うには、機材も足りなくてね」
ドクトルは、ガラスの向こうの部屋で寝ている人間に目をやりながら話しだす。
「マウスの段階では、ほぼ狙い通りの結果が出せるようになった。後は・・・」
「やはり『大きなモルモット』が必要ですか」
ブライアンも、ガラスの向こうの部屋を見る。
ちょうどそこへ、ジュードが入ってきた。
話の邪魔にならないよう、戸口の近くで控えている。
「しかし、そう簡単に手に入らないのですよ。この『モルモット』達は」
「手に入らないなら、作ればいい」
怪訝そうな顔でドクトルを見るブライアン。
ドクトルは、不敵な笑みを浮かべている。
「この『モルモット』達は、随分簡単に人の言うことを聞く。
もちろん、それなりの手順が必要だがね・・・」
ドクトルの言葉に、なにか思い当たった様子のブライアン。
控えているジュードの方を振り返る。
「ジュード！」
「はい」
「現在、我が社でカウンセリング等の業務を行っている部門を調べて
リストアップしろ。国内に限らず、国外も含めてな。
それから、そういった分野に詳しい精神医学士、心理学者などのリストも」
「直ちに・・・」
ジュードは部屋の隅にあるパソコンに向かって、データを集め始めた。
ドクトルの方へ向き直るブライアン。
満足げな笑みを浮かべているドクトル。
「他に必要な物は？」
「肝心の遺伝子だね。・・・明らかに凡人とは異なる、天才の遺伝子。
皮肉なことに、天才は生きているうちは評価されにくい。それをいかにして
見つけだすかが問題だろう」
「天才の遺伝子・・・」
ドクトルが鼻先で、フフンと笑う。
「私や君のように、知的分野に長けているものだけではなく、
音楽や芸術と言った分野で活躍している天才の遺伝子も研究したい。
そういう分野に関しては『マウス』では無理なんでね」
「確かに。・・・わかりました。その件についても、何とかしましょう。
どちらにしても、この部屋を移らないことには、大がかりな研究は無理でしょう。
出来るだけ早く移転できるように計らいます」
「頼むよ」
「ボス、リストが出ました」
プリントアウトされたばかりの資料を、ジュードが差し出す。
目を通すブライアン。
「世界各地合わせて３００、といったところでしょうか。
その手の分野に詳しい学者のリストは、こちらに」
「よし、すぐにこの学者達を集めて、プログラムを組ませろ。
・・・『ウラノスネット・スペシャルセミナー』、のな」
「わかりました」
ブライアンの手から資料を受け取ると、早速チェックを入れるジュード。
その様子を見ているドクトル。
「私の研究は、そんなに君の役に立つのかね？」
ゆっくりとドクトルの方を振り返るブライアン。
「えぇ。・・・我が社はありとあらゆる分野へ進出している。
各分野において、もっとも優れた人材を確保することは、
我が社のためでもあります。それに、バイオテクノロジーは、今後、
もっとも研究されるべき分野です。特にあなたが研究されている、
『ヒトゲノムの解明』についてはね」
ドクトルは、再び鼻先でフフン、と笑う。
「では、移転先が決まったらお知らせに上がりますよ。
それまでゆっくりと、研究に励んで下さい」
「そうするとしよう。Auf Wiedersehen. ブライアン」
そういうと、ドクトルはデータ入力を再開した。
椅子から立ち上がり、その場を離れるブライアン。
ジュードは、部屋の隅で携帯電話から部下に指示を飛ばしている。
部屋を出るブライアン。ジュードも電話を切り、後に続く。
エレベーターのドアが開き、二人が乗り込む。
小さな歯車が一つずつかみ合って、やがて世界を動かしていく。
しかしその世界は、ブライアンの野望で歪んでいる・・・