ルナ・パレスの贈り物
『 発掘調査員募集 詳しくは担当者まで。』
大学の廊下を歩いていたハリーに、１枚の張り紙が目に入った。
「調査員か」
大学を卒業して２年。博士課程も終えて、今は助手の身分。
そろそろ本格的に研究を始め、論文発表を考えなければならない時期だ。
やりたいテーマは決まっているが・・・
ハリーは、ドアをノックした。
「あのぉ・・・表の張り紙のことでお伺いしたいんですが」
ハリーがクレセント島へ向かったのは、それから２週間後のことだった。
「おい、本当にここでいいのかよ」
「俺に聞くなよ。地図持ってんのはハリーだぜ」
後輩で、まだ博士課程途中のスコット、フレッドと一緒に、
ハリーは調査員としてクレセント島の遺跡調査団に参加することになった。
「とりあえず中に入ってみよう」
店内には人の姿は見あたらない。
「すみませーん！誰かおられますか？」
「おーい！」
店の奥から、老人が現れた。
「誰じゃ？」
「すみません。俺たち、遺跡の調査に来た者ですが、
こちらにグッドフェロー教授はおられませんか」
「あぁ、聞いとるよ。教授は、急用で昨日から島を離れておる」
「え？・・・おい、どうする？」
後ろの２人を振り返るハリー。
「心配するな。調査団のリーダーは残っとるでな。
あんた達が来たら、案内するように言われとるんじゃ」
「そうですか。それではよろしくお願いします。おじいさん」
「わしゃ、マッコイじゃ」
「僕はハリー。こっちはスコット。そしてフレッド」
「よろしく、マッコイさん！」
３人はそれぞれマッコイと握手をする。
「荷物は置いていくがええ。ここは調査団の宿舎代わりじゃし。
あんたらの部屋は、後でしつらえてやる」
「遺跡はここから遠いんですか？」
「いや、すぐじゃよ」
マッコイを先頭に、遺跡へ向かって歩き出す３人。
まだ若いスコット達は珍しそうに周りを見回しながらマッコイに訊ねる。
マッコイも、あれこれ説明をしながら道を辿っていく。
「マッコイさんも遺跡に詳しいんですか？」
「まぁな。遺跡そのものを見たのは初めてじゃが、
伝説は代々伝わっておった」
「伝説？」
「あぁ。月読伝説じゃよ。昔、この島に月の王子が住んでおったと言う
伝説があってな。毎年、その王子をまつった復活祭をするんじゃが、
我が家はその祭の司祭を受け持っておるんじゃよ」
「月読伝説・・・」
「どうしたんだい？ハリー」
「いや・・・ちょっとな」
なんでもない、と言う風に手を振ってみせるハリー。
「あれじゃよ」
マッコイが指さした先には大きな石の門が、半分土に埋もりながらも
そびえ立っていた。ちょうどハリー達が立っている場所からは
遺跡を見下ろせるようになっている。
「あれがここで初めて見つかった遺跡じゃ。かなり大きいのか、
まだ下の方は土に埋もれたままでな。ええと、確かこの辺に
おると言っとったんじゃが・・・」
そういいながら、マッコイは崖っぷちにしゃがみ込んで
発掘現場の中をのぞき込む。
「おった、おった。・・・おーい、アイリーン！」
「おじいちゃーん？」
「おう！お待ちかねのお仲間が到着したぞーい！」
「すぐ行くわー！」
ハリーがマッコイの方を見て訊ねる？
「アイリーン？」
「あぁ。調査団のリーダーで、ここの領主でもある
コートニー卿の姪ごさんじゃよ」
「女の子なんですか？！」
「バカにしちゃいかん。この遺跡を発見したのは、彼女じゃからな」
驚くスコットとフレッド。しかしハリーは、もっと別の何かに心を奪われている。
程なく、遺跡からこちらへ向かう坂道を、一人の女性が駆け足で
上がってくるのが見えた。
「ごめんなさい。お待たせしちゃって。ようこそ、ルナ・パレスへ！」
泥だらけの格好のまま、その女性・アイリーンは右手をさしだした。
照れながら握手を交わすスコットとフレッド。
しかし、ハリーは彼女をの顔を見つめたまま、固まっている。
「・・・アイリーン？」
その声を耳に留めて、ハリーの方を見るアイリーン。
まじまじとハリーの顔を見ると、大きく目を見開いた。
「ハリー？・・・あなた、ハリーなの？！」
「やっぱりそうか！名前を聞いて、もしかしたらって思ったんだ！」
「うわ〜！久しぶり〜！」
いきなりハリーに抱きつくアイリーン。
ハリーは抱きつかれたことに驚きながらも、嬉しそうにしている。
身を離すと、アイリーンはもう一度、正面からハリーの顔をジッと見る。
「何年ぶり？私が引っ越しして以来だから、もう１０年？」
「１２年になるよ。ちょうど１３の時だったからね」
「こんなところで会えるなんて、思ってもみなかったわ！」
「なんじゃ、知り合いか？」
マッコイがアイリーンに訊ねる。
「えぇ！幼なじみよ。一緒に学校に通ったり、遊んだり・・・
懐かしいわ、本当に！」
ハリーのまじまじと顔を見ながらアイリーンが答える。
「君がここにいるなんて思わなかったよ」
「それは私の台詞だわ。あなたがここに来るなんて・・・いえ、考古学を
専攻してるなんて思わなかったわ。あなた、理数系が得意だったから
そっちの方へ進むだろうなって思ってた」
「君のせいさ」
「私の？」
ハリーは肩をすくめて笑う。
「君が昔、聞かせてくれた「月読伝説」が忘れられなくてね。
古代史の本を読むうちに、こっちの道へのめり込んだんだ」
「まぁ！じゃぁ、それでこのクレセント島に？」
「いや・・・さっきまでそうとは知らなかった。そうか・・・
ここがあの島なんだ」
「そうよ。ここが『ルナ・パレス』よ！」
アイリーンは遺跡の方へ促すように、手を広げた。
その夜、マッコイの酒場でハリー達の歓迎会が行われた。
「そうなの！急に前の調査員達が帰っちゃって。どうしようかと思ったわ」
「じゃぁ君一人で？」
「えぇ。ここしばらくはね。教授は新しい調査員を捜すのと、費用の捻出で
発掘どころじゃなくって・・・調査に専念できるのは良いけど、いかんせん
一人じゃ進まなくて。助かるわ、３人も来てくれて！」
アイリーンは嬉しそうに、新しく来た仲間たちを見つめる。
泥を落とし普段着に着替えたアイリーンは、歳よりずっと幼く見えて愛らしい。
そんなアイリーンに笑顔を向けられて、３人の心臓は心拍数を上げている。
「大学時代から、ずっとここに？」
「えぇ。休みの度に独自に調査して。１年前にあの遺跡を掘り当ててからは
教授にも来ていただいて、本格的な調査が始まったの」
「夢が叶ったんだ」
「え？」
「言ってたじゃないか。ルナ・パレスを見つけるんだって」
「良く覚えてたわね、ハリー」
「忘れられないよ、ああも毎日聞かされたんじゃ」
クスクスと笑いながら、ハリーはビールジョッキを手にする。
アイリーンもジョッキを持って、ハリーのジョッキに乾杯を求める。
「そうよ！でも、まだ全部じゃないわ。きっとまだ、大きな発見がある。
私はそう信じてるの。だって遺跡に行く度に胸がドキドキするんだもの。
きっとあのルナ・パレスに、何かがあるからよ！」
「僕たちのためにも、世紀の大発見は残っていて欲しいな」
スコットとフレッドも、ジョッキを手にして乾杯の用意をする。
「まだ見ぬ『世紀の大発見』のために！」
「乾杯！」
今日、何度目かの乾杯が交わされる。
宴は盛り上がり話は尽きない。
しかし、夜も更けてきた。
「アイリーン、そろそろ屋敷に戻らんと」
「もうそんな時間？・・・はーい」
「え？アイリーンも、ここに泊まっているじゃないの？」
フレッドが訊ねる。
「私は、おじさんの別荘に泊まってるの。女は私一人だし」
「そうか・・・じゃぁ、送っていくよ。島のことも教えて欲しいし」
ハリーが見送り役を買って出る。
「じゃぁ、俺たちは先に部屋に戻ってるよ」
「あんた方の部屋はあっちじゃよ。適当に好きな部屋を選ぶといい」
「ハリー、残った部屋で構わないかい？」
「あぁ、いいよ。部屋の前に僕の荷物を置いといてくれ」
「ＯＫ！おやすみ、アイリーン」
「おやすみなさい！また、明日ね！」
席を立ち、残る２人に手を振るアイリーン。
上着を羽織り、アイリーンと一緒に酒場を後にするハリー。
夜風が心地よく吹いている。
「あぁ・・・いい風だ。酔い覚ましには丁度いい」
「こんなに飲んだのは久しぶりだわ。・・・楽しかった〜！」
アイリーンは大きく両手を広げて伸びをすると、天に向かって大声で叫ぶ。
大きな三日月が空に輝き、月明かりで道が照らし出されている。
♪ むかし むかし この島に 月のパレスがありました
月の王子・月読が シュラル 恋をした ♪
アイリーンは、ご機嫌で歌を口ずさみながら屋敷への道を辿っていく。
「何の歌？」
「この島に伝わる民謡よ。他にもあるみたいなんだけど、
歌詞が月読文字で書かれていて、ハッキリしないの」
「月読文字？」
「えぇ。この島にだけ伝わる文字よ。マッコイのおじいちゃんが少し
読めるんだけど、まだ解読不可能な部分も多くて。でも、ステキね。
どの歌もメロディだけは人の記憶に残って、生き続けてきたのよ」
「すごいな、固有の文字があるなんて・・・この島には、本当に
高度な文明があったのかもしれない」
ハリーも目を輝かせながら、アイリーンの後をついていく。
「ハリーは、やっぱりオーパーツが専門なの？」
「あぁ・・・高校生の時に、大英博物館にある水晶ドクロに
実際に触れる機会があってね。触った時に、なんて言うか、
電流が走ったんだ。こんな高度な物を 作れるなんて、
絶対に高度な文明が地球には存在したはずだって。
そういうことを調べ出すと、やっぱりオーパーツに行き着くだろう？」
「でも、ルナ・パレスからは見つかってないわよ」
「だから見つけに来たのさ。あの大門の写真を研究室で見たときに、
ここには何かあるって、閃いたんだ。研究するなら、自分だけの
オーパーツを見つけたいだろう？だからここがいいって思ったんだ」
「あの写真を見て・・・」
「知ってるの？」
「だって、あの写真を撮ったのは私だもの」
アイリーンはニッコリと微笑む。
その瞬間、ハリーの胸にキューピッドの矢が刺さった。
（そうか・・・僕はずっと、アイリーンが好きだったんだ。）
今更のように、改めて自分の気持ちに気が付くハリー。
どうして古代史に興味を持ったのか。どうして考古学を専攻したのか。
ずっと気になっていたのは、アイリーンが話してくれた『月読伝説』ではなく
アイリーン自身だったのだ・・・
ジッと自分を見つめるハリーを、不思議そうに見つめ返すアイリーン。
「どうしたの？」
「いや・・・確かにここには、まだまだ大発見がありそうだよ」
「そう？」
「あぁ。とりあえず僕は、君を発見したしね！」
ハリーの言葉に、小首を傾げて微笑むアイリーン。
「じゃぁ、私もきっとまだ何かを発見できるわね！」
「ああ」
ルナ・パレスに月読の王子が残した最大の遺物は
「人を愛する心」であったことを、２人はまだ知らない・・・