『運命の輪は天使が手で回してるんだって。
　そこへ時々、神様がやってきていたずらをするんだって。
　そうやって人の運命は時々、神様のワルフザケによって
　変わっちゃうんだって・・・』

＜side　ジル＞

「今度のバカンスはどこで過ごすんだい？」

敏腕編集長になったハリソンが、私の原稿を束ねながら訪ねる。

「地中海も飽きたし、今度はカリブの方へ行ってみようと思って」
「相変わらず、海辺ばかりなんだね。
　君がそれほど海が好きだなんて知らなかったよ」

私はただ、微笑みだけを返した。

あれから・・・・あの本を出版してから３年になる。
一躍ベストセラー作家となった私は忙しい日々を送っていた。
それでも年に何度かのバカンスを、私は海の見える場所を
探して過ごしていた。

南はニース、ナポリ、コルシカ、シチリア・・・・
西は、バレンシア、マラガに至るまで地中海を探し回った。


あの人ならこんな場所を選んだかもしれない。
そんな海を探して。

そんな海なら、あの人の面影を見つけられる気がして・・・

＜side　マウロ＞

「食事の用意が出来たわよ」

ママ・ローサが声をかけると、デッキチェアで寝ていたドイルが
起きあがった。伸びをすると大きなアクビを一つして、
店の中に入ってくる。

「今日は大漁だったんだ。コイツは俺がしとめたんだぜ！」
「大物じゃないか」

俺が捕ってきた魚を前に、ドイルはご機嫌な笑顔で席に着く。
ママ・ローサや気心しれた客達も一緒にテーブルに着いた。

「それじゃ、マウロの今後の大漁を祈って・・・」
「乾杯！」

みんな一気にグラスを空ける。
今日は俺の、新しい船を購入した祝いの日だ。


この島に来て３年。
バーボン以外の酒にもようやく慣れてきた。
銛１本の雇われ漁師から腕を上げて、自分の船も手に入れた。
あの時「消え」なくて、本当に良かったと思える。


客達と談笑しながら魚を口に運んでいるドイルを見る。
ドイルは、またあの本を読んでいた。
俺はバカで学もねぇから、あんな文字だらけの本は読めないが、
ドイルの事が書いてあるらしいことは、なんとなくわかってる。

あの時、俺が届けたドイルの気持ちを、
あのネェちゃんは受け止め切れたんだろうか。

＜side　ドイル＞

『あなたが生きている限り・・・』


瞳に涙を浮かべたジルが、こちらをじっと見てつぶやく。
俺はハッとして目が覚めた。

まだ太陽は水平線から遠く、紅く染まり始めてもいなかった。


俺が２度目の死を迎えて３年になる。
この天国は、俺に怠惰な日々を与えてくれていた。

「ドイル！今日は本島の方へ出かけるけど、
なにかいる物はあるかい？」
「いや、別に・・・」
「じゃぁ俺、今日は遅くなるから」
「わかった」

マウロは銛を持つと元気よく家を出て行った。
自分の船を手に入れて、このところすこぶる機嫌が良い。
俺もここの気候が体に合うのか、例の発作もほとんど起こらず、
ただ安穏と時が流れている。


マウロとの奇妙な共同生活も３年を迎えたことになる。
別々に暮らすつもりでいたが、結局マウロが転がり込んできて
気が付くと一緒に寝起きするようになっていた。
そばにいて嫌なヤツじゃないから、そのままにしている。


押しかけてきて、まとわりついて、それでも何故か憎めなくて・・・
そんなところはマウロにそっくりだった懐かしい女の事を
思い出したのは、あんな夢を見たせいだろうか ―――――