「あら、こんな所にいたの」
「おねえさま」

テラスにいたエレーヌの所へ義姉・マリアがやってきた。

「ここからは海が見えるのね。夕陽がきれい・・・」

テーブルを挟み、エレーヌの向かい側へ座るマリア。
海からエレーヌへ目をやって、優しく訊ねる。

「あれ以来ずっと元気がないけれど、どこか具合でも悪いの？」
「・・・いいえ」

伏せ目がちに答えるエレーヌ。


あれ以来 ―――――


エミリオ率いる海賊船・アドベンチャー号に襲撃されてから１ヶ月。
護衛についていたフレデリック大尉を失い、積み荷を奪われ、
這々の体でジャマイカへたどり着いたロイヤル・パシフィック号を見て
兄・エドガーは烈火の如く怒り、討伐隊を差し向け続けている。


「ねぇ、エレーヌ。・・・聞いてもいいかしら」
「なんですの、おねえさま」
「あの時・・・海賊船の船長と何を話したの？
　エドガーには『身代金を要求する手紙を書くように指示されて
　断ったので言い争いになった』と言ったようだけれど・・・
　本当にそれだけ？」

エレーヌはマリアから目をそらした。
実の姉のように慕い、母のように心配をしてくれるマリアに
これ以上の嘘が突き通せるだろうか・・・
現に、マリアは何かを勘づいているようだ。

「おねえさま・・・・・・海賊をどうお思いになる？」
「そうね。エドガーのように、国の為に働いているのならともかく、
　自分たちの私利私欲のため金品を強奪し、人殺しをするなんて・・・
　おまけに厳つい荒くれ男ばかり。下賤で粗野な連中だわ」
「・・・私も、そう思っていたわ」

エレーヌは海を見つめる。

「私も、あの人を見るまではそう思っていた。だから刃を向けたの。
　おねえさま達を助けようと思って」
「あの人って・・・あの海賊船の船長のこと？」

エレーヌはその問いには答えず続ける。

「でも、あの人は違っていたわ。
　服装さえ替えれば、どこかの貴族と言っても通りそうな物腰で・・・
　私が想像していた海賊とは、似てもにつかない人だった」

遠い目をして語るエレーヌをジッと見つめるマリア。

「・・・エレーヌ。あなた、あの船長を好きになったのね？」

はっとマリアの方を見るエレーヌ。
黙ってエレーヌの眼差しを受け止めるマリア。
海の方へ目をそらすと、あの時を思い出すかのようにゆっくり目を閉じ、
しかし、はっきりと言いきるエレーヌ。

「・・・・・・えぇ、おねえさま。私・・・あの方が好きです」

目を開けると、遠く赤い海が広がっている。

「あの人は、・・・・誰も殺さなかった。
　あの人は、ただ積み荷を奪うだけで私達を解放してくれた。
　あの人は、海が好きで自分らしく生きるためだと話してくれた・・・
　あの人は ―――――」
「エレーヌ・・・・・・でも彼は海賊よ」

マリアの口調は決して責めはせず、優しく諭している。
現実から目をそらすように、目を伏せるエレーヌ。
ゆっくりマリアの方を振り返ると、
テーブルの上に置いてあったカードを手に取る。
そして４枚のカードを並べた。

「１枚お引きになって、おねえさま」
「なぁに？」
「・・・ただのゲームですわ。でも、エースを引いたら負け」
「わかったわ」

マリアは１枚選ぶと、表に返す。

「ダイヤのエース。おねえさまの負けね」
「もう１回」

カードを並べ直すエレーヌ。
また１枚選ぶと表に返すマリア。

「今度はスペードのエース。また私の負けね」

寂しげに微笑むエレーヌ。
ふと思いついて、全てのカードを表に返すマリア。

「もう！全部エースじゃない」
「そう・・・・・・・全てエース。最初から私は負けていたの・・・」

ポツリと呟くエレーヌを見て、何かを感じるマリア。

「エレーヌ。・・・・・・あなた、カリブの熱い太陽に目がくらんだだけよ」
「・・・そうでしょうか・・・」

マリアは椅子から立ち上がると、テラスに手をかけて沈む夕陽を眺める。

「ここの太陽は眩しすぎるわ。イギリスのくすんだ太陽とは違って、
　キラキラと輝いて、慣れない私達の目を奪うの。
・・・でも、太陽に近づきすぎれば焼け死んでしまうだけ。
ギリシャ神話のイカロスのようにね」

エレーヌはカードの山からもう１枚追加して、再度テーブルの上に並べる。

「忘れておしまいなさい、エレーヌ」

マリアは振り返ると、母のように優しい声をかける。
その言葉が耳に届いているのかどうか、エレーヌの様子からはわからない。

「さぁ、そろそろ食事の用意が整うはずよ。
　着替えをして、降りていらっしゃい」

そう言って、マリアはテラスを後にした。
エレーヌは目の前に並べた５枚のカードを見つめている。

そしてしばらく見つめてから１枚選ぶと、そっと表へ返した。


エレーヌが選んだ５枚目のカード。
そこに描かれていたのは、笑顔で泣いている道化師Jokerの姿 ――――