「痛い！痛いってば〜！！」
「文句を言うな」
「だってぇ・・・」
ウミネコが口を尖らせている。
私は気にせず、傷口に薬を塗っていく。
「聞き耳も、年下相手に本気でやってどうするんだ。
ウミネコはまだ船に乗って３ヶ月なんだぞ。少しは手加減をしてやれ」
「手加減してちゃ、いつまでたっても一人前にはなれないだろ」
「甘やかすのと手加減するのとは違う。エミリオの相手になっていた時の
キッドを、お前も覚えているだろう？」
思い当たるところがあったのか、聞き耳は渋い表情になる。
「とにかくだ！敵と戦って負った傷ならまだしも、
仲間同士で傷つけあって破傷風にでもなったら
笑い者になるのがおちだぞ。
仲間なら”傷つけずに”相手を負かす事も考えろ」
「はぁ〜い」
「・・・これでよし！ウミネコ、しばらくは水に浸からないように
気を付けるんだぞ」
「はい」
「傷が治るまで・・・皿洗いは俺が代わってやるよ」
聞き耳は恥ずかしいのか、明後日の方を向きながら言う。
私とウミネコは顔を見合わせて微笑んだ。
「しばらくはその言葉に甘えておくんだな、ウミネコ」
「うん！・・・ありがとう、聞き耳」
「まぁ、怪我させたのは俺だし・・・治るまでだからな。早く治せよな！」
「うん！」
「さぁ、早く持ち場に戻れ」
「はーい！ありがとう、ドクター！」
２人が部屋を出ていく。
私の部屋は”自室”であると同時に”医務室”でもある。
毎日毎日、荒くれどもの詰まったこの船の上では、怪我人が絶えることはない。
もっともこの部屋を訪れるのは、怪我人に限ったことではないが・・・
さっきから部屋の外を、足音が行ったり来たりしている。
どうやら誰かが部屋に入るのを躊躇っているらしい。
あの足音は・・・
「アン！おはいり」
足音がドアの前に来た辺りで、私は声をかける。
迷っていた足音が止まり、しばらくしてドアが開いた。
思った通り、アンがドアから顔をのぞかせている。
「・・・こんにちは・・・ドクター」
「何か用かい、アン」
「・・・誰もいない？」
「今のところ、私だけだが」
「ちょっと・・・いい？」
「どうぞ」
アンは部屋の周囲に誰もいないのを確かめてから、中に入ってきた。
この部屋へ来た理由はおおよそ見当は付いているが、一応聞いてみる。
「どうした？見たところ、怪我をしている様子はないが・・・
体調でも悪いのか？」
「ううん・・・・・あの・・・・その・・・・」
アンは近くまで寄って来て、モジモジしている。
私が目で椅子を勧めると大人しく座る。
それでも言いにくそうにしているのを見て、私は核心を突くことにした。
「・・・エミリオのことか？」
「えっ！いや・・・あの、ちがぅ・・・・・・・・・うん」
図星を付かれて慌てたものの、隠しても仕方がないと諦めたのか
アンは素直に認めた。
「エミリオが、どうかしたのか？」
「あたし・・・・・・・・・エミリオに嫌われてるのかな」
男勝りのアンの口から漏れた可愛らしい質問に、
私は頬が緩むのを押さえるのに困った。
「どうしてそう思うんだい？」
「・・・キッド達と剣の練習をして怪我するでしょ？前は黙って怪我の手当を
受けてたのに、最近は『俺にかまうな！』とか『関係ない！』とか言うんだ。
あたしは・・・・怪我の心配をしてるのに」
男の海賊相手に互角に渡り合うアンも、こういうことには疎いらしい。
意外なしおらしさに、思わずからかってやりたい気もしたが、
ここは真っ直ぐ、アンの疑問に答えてやることにした。
「アン。エミリオが船に乗ってもう３年になる。そりゃぁ、お前から見れば
まだまだ半人前の海賊かもしれない。でも、エミリオだって男だ。
年下の、しかも女のお前にいつまでも世話を焼かれていては、
男として格好が付かないだろう？」
アンは顔を上げて私を見る。
私は真面目な顔でアンに言う。
「半人前なりとも、エミリオは立派に海賊になりつつある。
それを認めてやることも大切だよ。わかるかい、アン」
アンは小さくうなずく。
多分、頭では納得しているが、気持ちは付いていっていないだろう。
仕方がない。アンはエミリオの怪我だけを心配しているのではないのだから。
アンは神妙な面もちで立ち上がると、椅子を元の位置に戻し部屋を出ようとする。
部屋を出る間際に、私は最後の一声をかけた。
「アン・・・それだけだから、気にするな」
彼女はなんとか微笑みを浮かべると、ドアを閉めて出ていった。
「アンも、もうそんな年頃か・・・」
なんだか自分が一気に老け込んだ気がして、苦笑いが出る。
私がラッカム船長にこの船へ誘われた時、アンはまだ３つか４つだった。
それでも、もういっぱしの海賊気取りで船に乗り込んでいたっけ ――――
そんなことを考えながら机の上を片づけていると、
誰かがドアをノックした。「どうぞ」
「あぁ、部屋にいたのか。ドクター、ちょっと一緒に来てくれないか？」
「ラッカム船長！」珍しい人が部屋を訪ねてきたものである。
私はラッカム船長と一緒に部屋を出る。「どうしたんですか？誰か怪我でも？」
「いや、怪我じゃない。・・・魔術師のことだよ」
「あぁ、あの男ですか」魔術師。先日からアドベンチャー号に乗船している
新しい仲間だ。・・・いや、まだ仲間ではないかもしれない。
いつも黒ずくめの服を着て、乗組員に怪しい技を見せて回り、
時には賭に持ち込んで金を巻き上げることもある、いけ好かない野郎だ。「また、賭カードをやったらしくてな。・・・それがどうも
いかさまをしてるって騒ぎになったんだ」
「・・・でしょうね」
「知っていたのか？」
「いいえ。でも、自分にそれだけの技術があれば、使って勝つでしょう」ラッカム船長も渋い顔でうなずく。
甲板に出ると、魔術師と乗組員達がにらみ合っている。「いかさまに決まってる！」
「だったら証明して見せろよ。え？・・・出来るのかよ」見破られない自信があるのか、魔術師も挑戦的である。「どうだ、ドクター。見破れないか？」ラッカム船長が私の顔を見る。
まだ丘にいた頃、パーティーでこの手の手品は
何度かみたことがある。だが見破るとなると・・・「船長、ちょっと失礼」私は船長を残すと、マストに上ってみる。
そして一番下の帆桁に座って、みんなを見下ろす。
私の動きを見ていたのか、エミリオが付いてきていた。「なにしてるんだい？ドクター」
「エミリオか。おまえも一緒に見ててくれ」私はエミリオと一緒に、魔術師がもう一度
賭カードをするのを見つめていた。「ドクター、あいつ・・・」
「あぁ！見破ったぞ！」私はマストを降りると、魔術師の元へ行く。「なんだい、ドクター。あんたも賭けてみるかい？」
「無駄だ。おまえの仕掛けは見破った」
「？！」私はそう言うと、魔術師の上着の裾を裏返す。
そこにはポケットが縫いつけてあり、エースのカードが入っていた。「テメェ！やっぱりいかさまじゃねぇか！！」
「みんな、こいつをやっちまえ！！」今まで何度も金を巻き上げられてきた乗組員達が
一斉に魔術師に飛びかかった。
私はとばっちりを食わないよう、その場を離れる。「ありがとう、ドクター。良く見破ってくれた」
「あいつがいつも同じ位置に立つのが気になってましてね。
マストの上から見たら、丸見えでしたよ」
「なるほどな」乗組員達は魔術師を縛り上げると、引きずって船の後方へつれていく。
マストにでもつるし上げるか、それとも海へぶら下げるか・・・
どっちにしても、次にどこかの港についたら船を降ろされるのは確かだ。私はその場に散らかったカードを拾い集めてみる。「やれやれ。人騒がせなカードだ。・・・船長！このカード、どうします？」
「あいつに返しても、また騒ぎの元だ。あんたが預かっててくれ」
「わかりました」
「ところでドクター。今日はもう何もないか？」
「これ以上、けが人が出なければね」
「良いラム酒がある。飲みに来ないか。今のお礼だ」
「それはそれは！では、お言葉に甘えて・・・」私とラッカム船長は、甲板を後にする。この後、私は上等のラム酒漬けになるつもりだ。
明日のドクター室は休診になるに違いない。たまにはそれも悪くない。
私にだって、休みたい日はあるんだ。