玉環が皇甫惟明の入朝を聞いたのは２月の終わりであった。

一昨年の暮れ、そして昨年の春と続いて吐蕃を破った皇甫惟明は
長安の都では英雄として名高い武将の一人である。

雑胡の安禄山と異なり、惟明はれっきとした漢民族出身の武将であることが
都でもてはやされる理由の一つでもあった。しかし名が上がる前に赴任したため
その人柄や容姿を詳しく知る者は少なく、かろうじて「無骨者」とだけの
ありがたくない形容だけが先行した。

それだけに、今回の一時帰還はその姿を直に見るまたとない機会であり、
宮中の人々までもが噂し、まだ見ぬ英雄を待ちこがれていた。


しかし、玉環は何ら興味を持たなかった。


皇帝の妃として、皇帝以外の「男」に興味を持つことを
玉環は自らに禁じていた。

それは、大して難しくないことであった。

自分にすり寄ってくる者は、大抵がなにかしらの
下心を持った輩であることが多い。
そんな輩に、どんな美辞麗句を並べ立てられようとも、
それは「妃である自分」に対してであることを
玉環はすぐさま読みとり、そして聞き流した。


真の意味で「玉環である自分」を褒め称え、愛し、
必要としているのは玄宗ただ一人であることを
玉環は肌で感じ取っていたのだ。


そんな玉環の前に、皇甫惟明が現れたのは
梅が散った３月の初めであった。

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