「さぁ、飲んでくれ！今日は私のおごりだ！」
酒場にいた団員達は、大きな歓声を上げて杯を鳴りあわせた。
フィリップ・ドゥ・シャンドン伯爵。
若きこの伯爵は、シャンパンでひと山あてた金を
芸術と音楽に捧げようと考え、パリで有名なオペラ座に目を付けた。
オペラ座。
パリ、いやフランス随一の劇場。
このオペラ座で、最も脚光を浴びるプリマ・ドンナを
自分の手で育て上げることを、フィリップは新たな夢としたのだ。
その手始めとして彼は今日、オペラ座の支配人である
ジェラルド・キャリエールに会い、その裕福な資産を背景に
オペラ座のパトロンの一人になることを認められたのである。
「さぁ、遠慮はいらない！君たちの中に、私の夢を叶えてくれる
素晴らしい天使がいるのなら、私は全財産をなげうってもいいぞ！」
フィリップの豪快な宣言に、祝杯の宴に招かれたオペラ座の団員達は
ますます歓声を大きくして応える。
「私はいかが？バレエなら、右に出る者はいませんわ♪」
「あぁ、君の足は素晴らしく美しいね」
「あら、私の歌は彼女のバレエより上ですわ」
「そんな君の笑顔は、とても可愛いよ」
元々、金など無くても若くて整った顔立ちをしているフィリップの周りには
多くの女性が集まりがちである。それが、パトロンとなって
金すらも惜しみなく自分につぎ込んでくれるかも知れないのだ。
我こそはと思う女は、次々とフィリップに自らを売り込んでいく。
そしてフィリップも又、慣れた手つきでそれらの攻勢を交わしつつ、
才能のありそうな女性には惜しみない援助を約束した。
この夜だけでも実に６人の女性が、フィリップからの援助を勝ち得たのだ。
空の杯を手にカウンターの前までご機嫌な様子でやって来たフィリップ。
その豪毅さをみて、酒場の主人が笑いながら酒をつぐ。
「オペラ座に天使を探すなど、まるでファントムのようだね」
「ファントム？」
穏やかならぬ揶揄に、団員達の方を見ていたフィリップも耳を止める。
「ああ。オペラ座の怪人、ファントムだよ。キャリエールからお聞きでないのかい？」
「聞いてないね、まだ今日、パトロンになったばかりなんで」
「これからイヤでも耳にするさ。彼はどんな舞台監督よりも良い耳をし、
素晴らしい演出が出来る、オペラ座の影の支配人だからね」
「ほう・・・」
話の続きを促すように、フィリップは主人の方を向き直る。
「ファントムもまた、天使を探しているのさ。オペラ座にふさわしい天使をね。
だからふさわしくないと思ったプリマにはすぐさま、降板の手紙が舞い降りる。
プリマにとっては悪魔の通達さ。しかし、ファントムの耳に狂いはない」
主人はカウンターの上を拭きながら、話を続ける。
「代わりに抜擢された子は、必ず芽を吹くし、作品も成功する。
それでもファントムは長くは満足しない。すぐに、今度はその子が
悪魔の通達を受けるのさ。そしてファントムは探し続ける」
「天使を？」
「あぁ、天使の歌声を持つプリマ・ドンナが現れるのを、ね」
フィリップは手に持っていた杯をグッと空けると、鼻でフフンと笑った。
「なら、私とファントムの競争だな。どちらが早く天使を見つけるか」
空いた杯を主人に差し出しながら、フィリップは続ける。
「オペラ座のパトロンとファントム、どっちが勝者となるか。
どうだい、親父。賭けてみるか？」
「ははは！なら、私はあなたに賭けるとしましょう」
「どうして？」
「ファントムが勝っても私には一フランの得にはならないが、
あなたは今夜だけでも、たいそう私に儲けさせて下さった。
天使が見つかった暁には、今日の何倍も得になるに違いない」
「はーっはは！」
主人の言いっぷりに、今度はフィリップが笑う番だった。
「気に入った、親父。これから、あんたがこれはと思う団員がいたら
そいつの払いは私に回してくれ。遠慮はいらない。めいっぱい
サービスした請求書を回して、私に天使の卵を教えてくれ！」
「承知しました」
主人も笑いながら、またフィリップの杯を満たしていく。
一杯になるとフィリップは団員達の方を振り返り
杯を高く掲げた。
「さぁ、祝杯だ！」
その夜、何度目かの祝杯に歓声が上がった。
何のしがらみもなく、フッと見た作品にインスパイアされる。
宝塚を見ていて、楽しいなぁと思える瞬間です。
今回は、初めての花組での作品となりました。
それでも主人公にまとぶんを持ってきている辺りが、
やはり星組ファンなのかしら(^^;
結局、ファントムは１回しか見られなかったのと、
ルサンクはおろか、プログラムすら買っていない状態で(^^;
細かい設定が理解出来ていなかったため、
今でも「こんな設定じゃない！」って所があるんじゃないかと
不安です(^^; 間違っていたら、ガンガン指摘して下さい。