「さてさて、どうしたものか・・・」
つくとはなしに溜め息が出る。
溜まりに溜まったツケを支払えと、
借金取り達がやってくるのも時間の問題だ。
もちろん、その元凶が自分にあることくらい、
私だってよーくわかっている。
わかっているからこそ、悩んでいるのだ。
マルガレーテを、どうすればよいのか。
昨年の夏、狩りに夢中になり、ニクラウス達を置き去りにして
鹿を深追いした私は、馬を休めるために立ち寄った川辺で
マルガレーテに出会った。
散歩に来た森で道に迷い、川辺で途方に暮れていた
亜麻色の髪の乙女・マルガレーテ。
私はからかい半分に、いつもの私からは想像もできないような
紳士的な態度でマルガレーテを屋敷まで送り届けた。
普段の私を知っているものならば、質の悪い冗談だとすぐにわかっただろう。
しかし森の妖精の仕業か、
はたまたキューピッドの放った矢のせいか。
私についての噂を知らなかったマルガレーテは、
そんな私に惚れてしまったのだ！
私自身がそれを実感するくらいだから、他人から見れば一目瞭然だったろう。
そして私も、私を”紳士”と信じ込んだマルガレーテに対しては
他の女にするような振る舞いを行うことが出来なくなってしまった。
しかしそれは決して不快な事ではなく、返って心地よいものでさえあった。
これだけならば幸せなおとぎ話である。
しかし、現実というのはいつの時代も厳しいものだ。
私には莫大な借金がある。
（ここだけの話だが、ちょっとやそっとの額ではない。）
恋ならば、借金などどこ吹く風である。しかし結婚となると話は別だ。
私と結婚すると言うことは、もれなく借金もついてくると言うことなのだから。
私はこの借金をどうにかするため、
以前から金持ちの娘と結婚することを考えていた。
しかしこの借金だらけの私と、誰が結婚したがると言うのだ。
だから実際のところ、私はずっと独身のままだったし、
それが覆る予定も未来永劫に渡ってありえないことと思われた。
だがここに来て、イタズラ好きの運命の女神が私にちょっかいをかけた。
ウィーンのさる大金持ちが、私の爵位と借金の多さに目を付けて
自分の娘との縁談を申し入れてきたのだ！
これがマルガレーテと出会う前なら、
”渡りに船”・”猫に鰹節”・”鴨がネギ背負って・・・”である。
私は間髪入れず、二つ返事で承諾していたに違いない。
しかし、今はマルガレーテがいる。
ウィーンの大金持ちの娘と結婚すると言うことは、
マルガレーテを捨てる、と言うことである。
逆にこの縁談を断ると言うことは、私は未来永劫に渡って
借金取りに追われ、苦しむ生活を送ると言うことである。
そして、その横には亜麻色の髪のマルガレーテの姿・・・
私は決意した。心を鬼にして決意した。
私はマルガレーテを傷つけることなど出来ない。
だったらマルガレーテの方から、私を諦めてもらえばいい！
マルガレーテが私のとの結婚さえ諦めてくれれば、
私はウィーンの金持ち娘と結婚できるではないか！なぁに、結婚してこの先困らないだけの財産を私の名義に書き換えたら、
すぐに離婚してしまえばいいのだ。こんな私に嫁がせようと言う位だから、
どうせ娘はブスに違いない。それならそれを理由に離婚してしまえばいいし、
例え離婚が出来なくても、実家を恋しがるとでも言ってウィーンに追い返し、
私はここでいままで通りに暮らすだけのことだ。
なんと良いアイディアではないか！
私は早速、計画を練った。
とにかくマルガレーテには、私との結婚を諦めてもらわなければならない。
つまり「あんな人と結婚するのは嫌だわ！」と思わせればいいのだ。
と言うわけで、私は女を集めて遊興に耽ることにした。
元々、美しい女と美味い酒の好きな私には、大した苦労ではなかった。
だがマルガレーテの心は、そんな私を見ても爪の先程も動かなかった。
それどころかニッコリ笑ってこう言ったのだ！
『まぁ、男爵様。そんな楽しい遊びをなさっておいででしたの。
私も混ぜて下さいませ♪』
どうやらキューピッドの矢というのは、意外と丈夫に出来ているらしい。
その頑丈さに、私の方がクラクラした程だ。
しかーし！ 私は再び心を鬼にした。
幸い、相手の金持ち・ファニナルは縁談に大乗り気で、
トントン拍子に話を進めてくれている。
私の代理人でもある書記のユーリも借金取りに追われる生活に
嫌気が差しているのかさっさと話を進めていくものだから、
後は私が婚約の使者・薔薇の騎士をファニナル家に送るのみ
と言うところまで来ている。
だがマルガレーテが私を諦める気配は一向に、ない。
もう事態は目前に迫っている。
あと３つ夜が明けたら、私はウィーンに旅立たねばならない。
従姉妹のマリー・テレーズ元帥夫人のもとを訪れ、薔薇の騎士を務めてくれる
若者を捜し、ファニナル家に送り出さなければならないのだ。
「さてさて、どうしたものか・・・」
腕を組んだ私の目に光るものが飛び込んできた。
右手に付けた家紋入りのエメラルドの指輪。
どんなに金に困っても、これだけは手放さずに来た。
そのエメラルドが、キラキラと希望のように光り輝いている。
「これだ！」
この指輪は寝る時も、湯浴みをする時も、どんな時でも外したことがない。
つまりこの指輪を私から取り上げると言うことは、かなり困難を極めるはずだ。
私はペンと紙を用意するとマルガレーテに宛てた手紙を書いた。
書いている途中で思いついた、もう１つのアイディアも加えて・・・
さすがのマルガレーテも、これなら私を諦めてくれるだろう。
その不可能さに愛想を尽かしてくれるに違いない。
「これで良し！」
封印に家紋を押すと、私は手紙を引き出しの中へ入れた。
この手紙はウィーンに旅立つ直前に渡すことにしよう。
すまない、マルガレーテ。
願わくばその身に幸運が訪れんことを、ウィーンの空の下より祈ることとする。
さらばだ、我が愛しき恋人・亜麻色の髪の乙女よ・・・