「やるか？・・・・おらっ!!」

フランス兵が突きつける剣に、身がすくんで動けなくなる。
銀色に輝く剣先が細く、まっすぐに目に飛び込んでくる・・・


　　　　　怖い・・・・また血が流れる・・・・紅い・・・・紅い血が・・・


あるはずのない血が剣を濡らし、
ポタポタとしたたり落ちているのが見える。


　　　　　誰の血だ・・・あれは・・・あれは・・・・・・


バキッ！！
フランス兵に思い切り殴られて床に倒れた。

「ほら、おとなしくしてろ！」

駆け寄ろうとしたイサベルの腕をつかむと
机の方へ引きずっていくフランス兵。
引きずられていくイサベルの後ろ姿に、
誰かの陰が覆い被さってはっきりと見えない。


　　　　　誰が・・・・誰が、あいつらに連れて行かれているんだ・・・・


ぼんやりと霞のかかったような頭を必死に振りかぶって、
前に出ようとした時には、ロベルトがナイフで兵隊を刺していた。


「やめろ！コイツを殺すぞ。剣を捨てろ！・・・捨てろ！！」


本物の赤い血が目に飛び込んできた。
フランス兵の血。
白いベルトが染まっていく ―――――


「・・・お前、なにやってんだよ」

ロベルトの問いに、ハッと我に返った。

「女を守ることも出来ないのか？」
「しょうがないよ、だってホアンはまだ・・・」
「んなの関係ねぇ」


　　　　　・・・守る？・・・・女を・・・・・女？

目の前を白いドレスの女が横切った気がした。
自然と手が胸元のロザリオを握りしめる。

「すまん、俺は ――― 」


　　　　　守れなかった・・・・・・・・


振り返るとイサベルがそこにいた。

「もうやめなよ、病気なんだから」
「だったらこんなヤツに惚れるな！」
「えぇ？」
「お前もイサベルに甘えるんじゃねぇ」


　　　　　甘える・・・イサベルに・・・？
　　　　　そうだ。守れなかった・・・・女を・・・・イサベルを。
　　　　　俺の手を、あんなに強く握りしめていたのに。


剣を突きつけられた途端、身動きできないほどの恐怖が襲った。
何もかもが消え去り、ただ死への恐怖だけに飲み込まれた。


　　　　　あんな思いは二度とゴメンだ。

　　　　　・・・二度と・・・？

　　　　　俺は以前にも同じような目に・・・？


「もう良いじゃない、ね。気にしない、気にしない」
「だって・・・」
「ほら、ローザのことがあるから、あんた達見ててうらやましいのよ」
「ローザって？」
「惚れた女がいたんだけどね、戦闘に巻き込まれて
　フランス兵に殺されたのよ」


　　　　　・・・惚れた女・・・・女・・・・


また白いドレスが目の前を横切る。


　　　　　誰なんだ・・・・お前は・・・・いったい・・・・



みんなに促されて店を出ようとした時、フランス兵が戻ってきた。

「荷物を置いて下がれ。・・・早くしろ！」

再び剣や銃を持ったフランス兵に取り囲まれる。
イサベルが手を握ってきた。
思わず握り返す。


　　　　　怖い。


　　　　　フランス兵に囲まれている。
　　　　　逃げ場は ――― 無い。
　　　　　死ぬのか？
　　　　　このまま・・・ここで・・・・この戦場で。
　　　　　部下達と共に ――――


　　　　　・・・戦場？部下？


目の前にあるはずのない荒野が広がっている。
血だまりに倒れた兵士が、鼻を突く異臭が・・・


　　　　　違う！ここは戦場じゃない。部下達もいない。
　　　　　いるのは・・・いるのは・・・・


イサベル ―――



目の前でロベルトが連行されようとしている。
イサベルとエスメラルダがそれに反論し、
ミゲルは剣を抜いた。

しかし形勢は逆転し、フランス兵がミゲルを捕らえようとしている。

その時、イサベルがフランス兵の剣を奪い取った。
持ったこともない剣を振り回して威嚇する。


　　　　　・・・駄目だ。あれでは危ない！


そう思うのに体が動かない。
剣の輝きに身がすくむ。


『女を守ることも出来ないのか？』


ロベルトの言葉が耳の奥に響く。

　　　　　・・・イヤだ・・・守りたい・・・・守りたい！
　　　　　この国を・・・・愛する人を・・・


　　　　　イサベル！！


フランス兵に斬りかかられたイサベルが、
かろうじてそれを受け止めた。
手を伸ばし、イサベルの持っていた剣を奪うと、
フランス兵に斬りかかる。

　　　　　やられてたまるか。
　　　　　奪われてたまるか。

　　　　　守れ。

　　　　　守り抜くんだ。

　　　　　コイツらから・・・・・フランスから！！



考えるより先に体が反応して動く。右へ、左へ。
相手を追いつめ、剣を奪い、死を突きつける。


　　　　　殺されたくなければ、ここから去れ！！


恐れをなしてフランス兵達が引き上げていく。


「ホアン、あんた・・・」
「つ、強ぇぇ」


イサベルの声に我に返る。
手に持った剣の重さ、感触に気づく。

　　　　　知っている。
　　　　　俺は知っている。
　　　　　剣の痛みも、血の匂いも・・・・

　　　　　あの戦場で、
　　　　　全てを守ろうと戦ったあの戦場で、

　　　　　俺は知った ――――


頭の中で何かが渦巻いている。


　　　　　思い出したい。
　　　　　思い出したくない。

　　　　　思い出せと誰かが告げる。
　　　　　思い出すなと恐怖が叫ぶ。


「だ、大丈夫か？」
「なにか思い出したの？」


駆け寄ってきたイサベルを見つめる。


　　　　　俺が守ろうとしていたのは・・・
　　　　　あの戦場で守ろうとしていたのは・・・・


イサベルを誰かの陰が覆う。
心配そうな顔がかき消え、
悲しみをたたえた笑顔が思い浮かんだ。


　　　　　あの笑顔は

　　　　　セ・シ・リ・ア ――――







「とにかくここを出よう」


酒場から出る。
一歩踏み出すごとに、まるで砂時計が逆さまに流れるように
記憶が戻ってくる。

この町へ来たこと。
イサベルに付き添われて旅をしていたこと。
死の淵から助かった時のこと。
戦場のこと・・・・


そう、思い出した。何もかも。
自分が誰で、どこから来たのか。
なにをしようとしていたのか。

血で血を洗う戦いは終わっても、
フランス軍は未だ駐留している。
きっと、バルセロナにも。

戻らなければ。

父を、母を・・・セシリアを、守るために。


胸にあたるロザリオを手に取る。


見る度に、大事な何かを置き去りにしてきていると
焦りに駆られた。
それがなんなのか、ようやくわかった。


帰ろう、セシリアの元へ。
全てを思い出したのだから。