アントニオや囚人達を救い出し、アジトに戻ったフランシスコ。
夜もふけ、人々は眠りに落ち始めている。

しかし、フランシスコはこれからのことを思い、眠れないでいた。
テントを出て月明かりの中を散歩し始める。

ふと目の端で何かが動いた。
薄桃のドレス・・・セシリアだった。

「セシリア」
「フランシスコ・・・」

手に水桶を持ったセシリアが振り返った。
アントニオの看病の為に、水を汲みに出ていたのだろう。
助け出した後、抱き合っていた二人の姿を思い出す・・・

「アントニオの具合は？」
「ジプシーの方々に頂いたお薬が効いたようです。
　先ほど眠りました」
「そうか」

重そうに持っている水桶に気が付き、
手を伸ばすフランシスコ。

「持ちましょう」
「だ、大丈夫です！」
「いいから」

奪い取ろうとして、取っ手にかかったセシリアの手に目がいくフランシスコ。
そこにはかつて自分が贈った指輪が輝いていた。
フランシスコの視線に気づき、取っ手から手を離し背を向けて
隠そうとするセシリア。

「その指輪・・・・まだ、持っていて下さったのですか」
「大切な・・・思い出の品ですから」

背を向け、手を胸の前で重ねて抱きかかえるようにしながら
セシリアは答える。

「一つだけ聞いて良いですか。・・・・・あなたは以前からアントニオの事を？」
「いいえ！それは違います！」

フランシスコの問いに、セシリアは即座に振り返って答えた。
瞳はまっすぐにフランシスコを捕らえている。

「神に・・・この指輪に誓って申し上げます。決して・・・決して
　そのようなことは・・・」

その激しさに、思わず取り乱すフランシスコ。

「す、すまない。そのようなつもりで聞いたのでは・・・」
「・・・・いいえ・・・・そう思われても、仕方がないことだということは
　私にもわかっています」

フランシスコから目をそらすセシリア。

「あの日・・・・スペインが敗北したと告げられたあの日。
　父はあなたのお父様達と一緒にフランス軍に連行されていきました。
　母はショックで寝込んでしまい、私も突然のことに途方に暮れていました。
　しばらくして、アントニオが訪ねてきました。あなたの・・・訃報と共に」

やりきれなさに思わず目を閉じるフランシスコ。

「父は連行され、母は病に倒れ、あなたまでも失い、私は・・・・。
　アントニオは父をはじめとする囚われた貴族達の助命に奔走していました。
　フランス軍の手先に成り下がったと非難する人も大勢いました。
　でもアントニオは、何よりも命を大切にするためだと・・・
　父や、あなたのお父様に手紙を書くように頼まれたこともあります。
　娘の私の手紙を見れば、みすみす命を粗末になさることはないだろうと・・・
　でも、私もあなたのお父様をお救いすることは出来なかった・・・」

指輪をした手をもう片方の手で包み、
祈るように胸の前に合わせるセシリア。

「そのことは、彼からも聞きました。あなた達には感謝している」

手に持っていた水桶を足下に置き、セシリアの方へ近づくフランシスコ。
そっと背を向けているセシリアの肩に両手をかける。

「私は、命こそ助かったものの、死んだも同然の状態だった。
　なにも・・・・あなたのことも思い出せず、さまよっていた。
　その間、あなたを守ってくれたのはアントニオだ。
　守ってくれたのがアントニオで、私は良かったと思っている」


そう。俺が記憶を失っている間、セシリアを守ったのはアントニオだった。
そしてその間の、ホアンだった俺が守りたいと思っていたのは・・・・


セシリアがゆっくり振り返る。

「フランシスコ・・・」
「アントニオは頼りがいのある、いいヤツです。親友の私が言うのだから
　間違いない」

穏やかな微笑みを浮かべてセシリアを見つめるフランシスコ。

「あなたには・・・幸せになって欲しい」
「フランシスコ・・・・・・・ありがとう」

思いがけぬ距離に気づき、慌てて離れる二人。
夜風が吹き抜けて木々を揺らす。


「フランシスコ」
「なんですか？」
「私も国を愛し、守りたいと思っています。でも私は女ですから、
　黒い旋風にはなれません」
「 ――― 」
「だけど自分を守り、愛する人を守り、次の者達に語って聞かせることは
　出来ると思います」

再びまっすぐにフランシスコを見つめるセシリア。
セシリアを見つめ返すフランシスコの瞳には見守る温かさが宿っている。

「"風"と共に行かれるのですね」
「はい」

足下に置いた水桶を手に取りセシリアの手に渡すフランシスコ。

「"風"も、時には傷つき倒れることもあるかもしれない。
　そんな時、"風"に力を与えられるのはあなたしかいない」

傷ついた自分を支え、力を与えてくれた存在を思い出すフランシスコ。

「私にそんな力があるでしょうか」
「あなたがそばいる限り、"風"は吹き続けるでしょう」
「・・・ありがとう」

水桶を受け取り、微笑み返すセシリア。

「・・・テントに戻ります」
「気を付けて」

背を向けて数ｍ行ったところで立ち止まり、振り返るセシリア。

「この指輪・・・」
「え？」
「一生、大切にします。"伝説の黒い旋風"に出会えた証ですから」

そう言うと身を翻してセシリアは走り去っていった。
木立の隙間からこぼれる月明かりに薄桃のドレスが写り、
それもやがて見えなくなった。

「セシリア・・・」

恋人達の最初の夜へ